ヨーロッパ営業

「初めてのパリ営業」

太郎の会社の80%は欧米からのお客様です。

ドイツ、フランス、イギリス、スペイン、アメリカ、南アフリカ、オーストラリア、ロシアと様々な国からお客様がいらっしゃいます。

何て書くと太郎はドイツ語やフランス語、英語の話せる語学の達人かと思われる方も居るかも知れませんが、残念ながら違います。

太郎が話せるのはかなりなまったブロークンな英語のみです。

相手にこちらの言ってる事を分からせることは出来るので何とか仕事になってますがお客様に不便をかけているのは間違いありません。

じゃ、何でパリに営業に行ったのか? 理由はヤンゴン在留の某フランス人の紹介であるフランスの旅行会社(以下、AGT)を紹介されたからです。 

太郎は1999年に友人の二村とチン州のビクトリア山に、2000年にナガ族の新年祭に行ってこれは絶対外国人向けだと確信してました。

当時は日本のランド屋に在職しミャンマーの支店の所長だったので本社の社長及び専務にヨーロッパ市場の開拓を訴えて何とかパリ出張の許可を得た訳です。

バンコクからパリに向かうタイ国際航空の中で頭の中では「カンボジアのOOさんはフランス市場の開拓に成功してビルを建てたんだよな」とか「フランスの雑誌やTVの取材を受けたらどうしようか?」、「飯は上手いのかな?」等と余裕をかましていました。

知り合いの日本人の紹介でパリ在住の日本人夫婦やパリの日系ホテルの営業事務所等も紹介してもらい自信満々でした。

「見てろよ」と。
意気軒昂どころか、エベレストくらいの高さまで舞い上がってましたね。

スーツケースの中には空手衣も1着、入ってました。
時間が空いたら地元の道場でも見て見ようかな?と。

結果はボロボロでした。 試合ならKO負け、一本負けです。

何で、そんな結果になったのか? そして何で太郎はそんなに余裕をかましていたのか?

それは次回の「初めてのパリ営業」(2)で。