ヨーロッパ営業

ヨーロッパ営業(5)


インド国境に近いトンクー・ナガ族のパンサ村の入り口

毎年の事ですがヨーロッパに行くと驚かされるのが
ラテン系ののりと言うか、いい加減さと言うのか?
お前、本当に旅行を売ってるんかい? と訊ねたくなる人達がいます。

今回も毎月、客を送客してくれてるフランスとスイスの国境に近い
シャンベリーと言う街にある某旅行会社に営業に行く事になりました。

ITBで太郎の会社のブースに来てくれた、この会社の社長のクリスと、
これからの事を結構話した後に

クリス「何日俺のところにいるんだ?」
太郎 「いや、1日で十分だよ。俺、クリスのとこのあとにスペインに行くから、
    あんまりのんびりも出来ないし(のんびりする金も無い)」
クリス「スペインではどこに行くんだ?」
太郎 「サンガって会社、知ってる?」、
クリス「ああ、オーナーの○○はよく知ってるよ。 あそこはとてもいい客を持ってるぞ」
太郎 「へー、そうなんだ(良かった、まともそうな会社じゃん)」
・・・・・・(仕事の話しが続く)

クリス「心配するな、うちの事務所のあるシャンベリーからバルセロナはダイレクトの列車
    があるから特急で行けば直ぐだ」
太郎 「本当?」
クリス「ああ、間違いない。 ○日に電話をしてくれればジュネーブまで車で
    迎えに行くから。 俺の家に泊まって行ってくれ」
太郎 「そうか、じゃ、お言葉に甘えて(これで1泊分のホテルが代が浮くな。 スペインで
    最後に美味いモンでも食えるかも)」

何て言う会話をITBで交わして、太郎はフランクフルト、チューリッヒ、ジュネーブでの仕事が終わって電話をしました。

誰に? もちろん、車で迎えに来てくれるクリスにです。
太郎「ハロー、ハロー、クリス? ジス・イズ・タロウ・フロム・ミャンマー。
   アイム・イン・XXXホテル・ナウ
   (太郎が泊まってる安宿の近くの高級ホテルの名前を出す)
   キャンユー・ピック・ミー・アップ・・・」
クリス「XXX○○○△△△」
太郎 「ゲッ、英語じゃない、おまけに録音だ」

何度かけてもクリスは電話に出ません。

仕方が無いので列車でクリスの会社のある街・シャンベリ-まで行きました。

駅から電話をしようとしたらスイスと通貨が違うのでテレホンカードが買えません。
英語が本当に通じない駅で何とか郵便局で両替をする事を教えて貰い、
両替を済ませてからクリスの事務所に電話をすると

ロバートが出ました。
彼はクリスの会社の役員で既にミャンマーに3回来てます。

太郎  「アッ、ロバート。 俺、太郎。クリスはいるかな?」
ロバート「いや〜、俺も朝から探してるんだけど見つからなくて困ってるんだ。
     お前、今、どこにいるんだ?                  」
太郎  「いや、シャンベリ-の駅から電話してるんだけど。
     (気のせいか,息を呑む気配がしました)
     いや、営業で来たんだけど、クリスから聞いてない?
     クリスが俺のうちに泊まって行けと言ってたんだけど、
     (ジュネーブまで車で迎えに来るとも言ったんだけど・・・)

それからの事は余り書きたくないですね・・・・


トンクーナガ族の家で見られた生贄にした牛の彫り物

でもクリスはいい奴で、その日の夜にはちゃんと会え約束通り、彼の素敵な家にも
泊めて貰い、空手を習ってる可愛い坊やと怖そうな奥さんを紹介して貰い夕食は
何故かロバートがフランス料理を食べさせるレストランに連れて行ってくれ夕食を
奢って貰いました。 ここの夕食は量が多くて食べきれないくらいでした。

翌日はクリスの家族が車でスキーリゾートに連れて行ってくれ1日中、遊び、3日目に
仕事もしっかり決めて、うちのガイドをフランスに語学留学させる話しまで進みました。

さて、スペインに行く日が来ました。

太郎は当日の朝になるまでクリスの言葉を信じてました。
バルセロナまでダイレクトの特急。

朝一でクリスの事務所に行くとロバートが申し訳なさそう顔をしてます
何か嫌な感じがしました。
ロバート「太郎、バルセロナのアポはもう入れてるのか?」
太郎  「ウン、2件だけ、どうして?」
ロバート「実はここからバルセロナまでの列車なんだけど・・・」
太郎  「?」
ロバート「特急は無いんだ、ダイレクトも。 2回乗り換えなきゃ行けない。
     時間もかかるんだよな、 8時間 」
太郎  「エッ、マ、マジ。 だ、だって昨日だってクリスは心配するなって・・・」

結局、太郎はその日の夜9時半にバルセロナに着きました。
ロバートが申し訳なく思ったのかバルセロナの駅から400mの場所にあると言うホテルを
予約してくれ部屋代まで払ってくれました。
感謝

ただ、ホテルの場所が駅から400mではなく、多分1,400mはあったと思いますが(笑)

フランス語のアナウンスしか流れない列車に乗って国境を越えて2回、列車を乗り換えるのは
なかなか太郎には刺激的でした。

シャンベリ-から乗った列車が遅れ、乗り換えの駅に着いた時に列車が出てしまったと判った時はもう最高でした(笑)

こんな事を繰り返しながら太郎は営業をしてます。
こんな事を繰り返しながらヨーロッパの連中と人間関係を作ってきてます(本当か?)

これから、どんな風に彼らと付き合って行くのか? いや行けるのか。
全く自信がありませんが、少し、楽しみでもありますね。

何か、繊細な自分がクリスのようになってしまったら怖いですけど(笑)

じゃ、次回は営業担当のマラさんの雪山体験ツアーです。

太郎

ヨーロッパ営業(4)


ジヤダン村から徒歩3日の場所で捕らえられたターキン

ITB三回目のルーイン君。
ヤンゴン大学・数学科を2回ダブって卒業し太郎と12年の付き合いになり、今は6月の空手の試合に向けて朝練と道場で若いスタッフと一緒に稽古に励んでます。

決して嘘をつかない性格とナガの奥地、ミャンマーの雪山、チンの奥地などへミャンマーの誰よりも数多く行っているその経験からITBでも彼と話しをして見積もりを出す旅行会社も多いです。

ただ、彼には致命的な弱点が・・・・・
何か?

遅い。
見積もりが遅すぎる。
3日間はかかりますね。 それも内容が必ず間違ってる。

まあ、向き不向きもあるんだろうけど
今は競争相手としてマラさんを今年から営業にしましたが

因みに彼女は4年間でヤンゴン大学の数学科を卒業しており2年ダブったルーインに
「ミャンマーは女性の方が優秀だから・・・」と余裕です。

まあ、実際、彼女の見積もりで既にグループ客も来てるしな・・・。

でもルーインは事務所のスタッフが外国に行く時や辺境に行く際は必ず同行を
求められる奴なんです。

お客さんからも1回も苦情がきた事がありません。
でも計算が得意でない営業マンが仕事を取るのも難しいですよ。

どうも、ミャンマーの男性は物事を自分のペースでしたがるようで
何をするにしても急がない人が多い。

空手の朝練でダッシュをさせようとすると
「どんなフォームで走るんだ?」と訊いて来る奴もいる。
実際に走らせると早歩きのような格好だ。

生まれてからダッシュをした事がない!!!
本当だろうか?

ルーインとマラさんには「早く一人前の営業マンになって稼いで俺を楽してくれ」と
言ってますが。


ジヤダン村からの風景

ルーインが「私とマラさんが営業が出来るようになったら太郎さんはどうするんですか?」と訊ねるので
「俺はそうなったら雪山の麓のジヤダン村で山小屋のオヤジでもさせて貰うよ」と言うと

ルーインは「あっ、それいいね。 私が奥さんと一緒にジヤダンに行きます。
そのほうが料理も良いでしょう」とのたまわってました。

ア〜、いつになったらジヤダンで山小屋のオヤジに成れるんだろう?

太郎

ヨーロッパ営業(3)


ジヤダン村からの風景

毎年3月にドイツのベルリンで開かれる世界最大のトラベルショーITB.
この時期はベルリンのホテルはほぼ満室で部屋の料金も高騰すると言われています。
太郎の会社は零細企業なのでホテルの部屋にお金をかける事は出来ないので民宿に毎年、
泊まっています。

1泊朝食付きで31ユーロです。
全くの民家の部屋に泊まりシャワー、トイレは共同です。

安宿なのでエレベーターなどは無くマンションの3階までスーツケースを持って行かなくてはなりませんが部屋は10畳ほどの広さでなかなか快適です。

昨年までは太郎のパートナーのルーインを連れて行ったのですが、イマイチ、営業に身を入れてないので、あおるつもりで別に今年から営業もする事になった女性スタッフマラさんも
連れて行きました。

マラさんは営業になったので太郎の会社の手配地域、ナガ族の新年祭、雪山、チン州等に行かなければなりません。 太郎の会社は自分で行ってない場所は売りません。

ナガ族の新年祭が開かれるラヘ-に行き車に酔い吐きまくり、ヤンゴンを恋しがって泣いてましたがベルリンでは食事に音をあげてました。

一口に言ってベルリンの料理はかなり塩っぱい。
おまけに予算の関係で昼食はサンドウィッチと言う事が多く、朝食もパンとハムとジュースなので米が食べれずかなりきつかったようです。

夜も安いイタリア・レストランでこれも米が食べれません。
1日だけ、夜に中華に行った時はチャーハンを「美味しい」を連発しながらニコニコして食べてました


2月のポンカン山でのガイド・トレーニング風景

さてITBの会場では太郎の会社がナガやチン、雪山等の写真を提供している本な等の販売も
おこなっており、 マラさんはこれが主なお仕事。
あとは白人との交渉をまじかに見て慣れてくれれば上等です。

でも、手癖が悪いのが多いんですよ。
ちょっと目を離すと売ってる本を持っていってしまうんです。
誰が?
会場に来ている一般の人達が、そう、ドイツ人。

中には持参の手提げに音も無く落とすと言う高等技術を見せる輩もおりマラさんは常に
目を光らせてなければなりません。

結局、盗まれた本は5日間で2冊だけ、本は20冊以上売れ、マラさんはしっかり仕事をして
白人とのやり取りも目の前で見てそれなりに自分でも感じたものがあったようです。

マラさんに振ったの簡単そうなツアーを真面目にそれでも少し不安そうに一生懸命交渉して
しっかり「私がヤンゴンの戻ってから回答させて頂きます」と答えてました。

2冊、盗まれたと分かった時にマラさんは「人間のやる事はミャンマー人もドイツ人も同じだ」悟ったように話してましたが?

彼女は今、インド国境の3,600mのポンカン山に視察で行ってます。
来年はバリバリ雪山を売ってくれることでしょう。

彼女が見積もりをしたギリシャのグループも4月に来ます。
彼女は未だ知りませんが。

彼女はヤンゴンで周りの友人から仕事で海外に行け、雪山にも行けるなんて何てラッキーなんだと言われ「私は仕事でなかったら外国にも雪山にも行きたくない」とこぼしてます(笑)

さて次回はITBは3回目のルーインの仕事振りです。

太郎

ヨ-ロッパ営業(2)


パンラン山ベースキャンプからの風景

ITBで太郎の会社のブースは写真の展示会と間違えられるくらい写真を展示します。

何せ、ミャンマーにもこんな場所があるんですよ

と見せて雪山や少数民族のツアーを主催している会社の人間の足を止めないと
話しになりません

でもこれが結構、狙ってない人達も来るんですよね。
まず多いのがミャンマー人。

自分の国とは言えミャンマー人で雪山に行った事のある人は非常に少ない。
足を止めてくれるのは良いけど、御免。
君らじゃ仕事にならん。

次に来るのがミャンマーの旅行会社で働いている外国人
客を太郎の会社のブースに連れてきていろいろ英語でない言葉で話してる
「オイオイ、お前、勝手にうちのブースの写真を使うなよ」と文句を言うと
照れた様に「もちろん、この会社の方が私より詳しい」とそこだけ英語で言う。
舐めるな、コラ。


インド・アルナチャルプラデシュ と ミャンマーの国境(らしい?)

でも最近は毎年、客を送って来てる旅行会社の人達が向こうから必ず来てくれるんで
いい感じです。

不思議なモンでこういう旅行会社の人が寄ってくれてると新規の旅行会社の人も
足を止めてテーブルに腰を下ろすんですよね。

日程(国によって旅行日数が大きく異なる)、ホテルの程度等を確認してあとでメールを
送るという話しで大体1社、5−10分かな?

毎年送って来ている会社だともっと突っ込んだ新規のコースとかの話しになるんで30分位
話し込むこともあります。

じゃ、次回はそんなITBで2名のミャンマー人がどんな風に仕事をしていたかを書きます。
太郎は明日から日本なので次回のブログは少々、遅れます。

目指せ、月4回の更新!!!

太郎

ヨーロッパ営業

 
太郎の会社のブースの前で太郎とルーイン、マラさん

3週間のヨーロッパ営業から帰ってきて1週間がたった。
時差ぼけは取れたが溜まった仕事が終わらない。

太郎はパートナーのルーインとマネージャーのマラさんという2名のミャンマー人スタッフを連れてドイツのベルリンで開かれたITB と言う世界最大の旅行ショーに自社のブースで参加してきました。
ITBのあとは太郎が1人でドイツ、スイス、フランス、スペインと営業に行きました。

日本でも旅行博と呼ばれるものはありますが一般のお客さんを対象にしているようです。
太郎は言った事がないので正直よく分かりませんが。

ITBは3日間が一般のお客さん、2日間が業者だけ入れる形になっており、ブースを出している会社は業者相手のオペレーター(ランド屋)です。

ヨーロッパを中心として世界中から旅行会社の人間が新しいツーアーを作ろうと、新しいデスティネーション(目的地とでも言うのでしょうか?)を探し、ツアーが催行出来そうな、
客が集まりそうなツアーを作れそうな地域を探してます。

太郎はこのITBで主なお客を見つけてます。
今年も新規の会社だけでロシア、オランダ(安いんだけど・・・)、クロアチア、イタリア、
ドイツ、フランス、オーストラリア等と様々な国の旅行会社から引き合いが来ました。
大体40社位ですかね。
この40社にそれぞれの会社の意向に沿った日程表を作成し、料金を提示し合意に至れば
カタログに載せる写真等をCDで送りその旅行会社から旅行手配の予約が来ます。
今はこの40社とドタバタしており、忙しくなってるわけです。

ランド屋の仕事はここまで。

お客さんが集まらなければ旅行手配はキャンセルになります。
いくら予約がたくさん来ても実際に来るのは半分くらいです。
中には過去2年間、予約だけで1名も送ってこない旅行会社もあります。

そんなITBの模様とミャンマー人スタッフの様子を次回から書いていきます。

太郎

初めてのパリ営業(2)

初めてパリに営業に行ったのが2000年の初夏だったかな?
因みにヨーロッパに行ったのもこの時が初めてでした。

ヤンゴンにある当時の日系ホテルの総支配人がパリのホテルから移って来られた方で、太郎をみて心配されたようで在パリのお知り合いを紹介して頂きました。

パリのホテルも知り合いの業界紙の人の紹介で在パリのホテル予約業務をしている方を紹介して頂き、皆の助けのお陰でだんだん格好が付いて来た感じがしてました。

バンコクから乗ったタイ国際航空も何故か、ビジネスクラスにアップグレード、
「ラッキー、今回はこりゃ、ついてるな」と1人、喜んでました。
ここでツキを使い果たしてるとも知らずに。

パリに着いて空港から凱旋門まで空港のシャトルバスで行き歩いて5分ほどの安宿へ。
当時で1泊US$50相当だった気がします。

そしてアポを取っていた唯一の旅行会社「La Meson de Indochina」に行こうとして
地下鉄に乗るとこれが全く行き先が分からない。

ホームに次の駅の名前が書いていないので無茶苦茶不安になり、不安になった通り
何度か乗り継ぎを間違い、フランス人のお婆さんに地下鉄の乗り継ぎを尋ねられ(太郎が
フランス人に見えたのでしょうか?) 、おまけに理由は分かりませんが(アナウンスはありましたが何を行ってるのか全く分からず)列車は途中で止まるし。

何だかんだで最寄の駅に付いたのがアポの時刻の15分前。
そこから「La Meson de Indochina」の事務所に行くまで45分もかかってしまい遅刻をして
しまいました。

通りの名前だけで事務所の場所がわからなかったんですね。
何のことはない帰りは駅から10分ほどの場所でした。

「La Meson de Indochina」の事務所が見つからなかった1つの理由がその外観でした。
何でも元は映画館だったとの事でかなり古くて重厚な建物で、とても旅行会社には見えなかった。 
中に入るとまるで博物館のように茶器や民芸品がガラスのショーケースに陳列されており
旅行会社でよく見るようなパンフレットが見当たらない。

太郎は、その時点で「多分、事務所はこの建物の2階か、3階なんだろう」と思ってましたが
近くにいたスタッフが用件を聞くのでアポを取っていた人の名前を伝えて会いました。

その博物館みたいな建物の一番奥にその人はいました。

ナガの新年祭のスライドを見せて説明をして、あとで日程表と料金を送ると言うことで
合意し、ナガの写真をパンフレットに載せるのでスライドは置いていくことに。

最初のアポは、ジャブ程度でしたが何となく高揚した気分で事務所のドアを開けたのを覚えています。
それから紹介された在パリの日本人の事務所に行き挨拶をしてパリの業界の話を伺っていると、その方の本棚にパリの地図のようなものが!

それは住所を索引すると最寄の地下鉄の駅と駅からの行き方がわかる優れものでした。
その本を貸して貰い、それから飛び込みとインターネットで検索して頂いた旅行会社を
全て訪ねました。

その数、44社。

結果、担当者に1人も会えませんでした。
受付で断られるのがほとんど。

図書館みたいな事務所にスタッフが1人ずつ担当地域の本に囲まれてるような会社もあり
本当に驚きショックを受けました。
これが旅行会社なのかよ!!
本当にこう言う連中と仕事をしたいなと思ったんですが。

本当に担当者に会えない、アポが取れない。
紹介者がないと本当にアポが取れませんでした。

日本での飛び込み営業の経験がほとんど役に立てたなかった。

無理をして事務所に入り太郎が撮った写真を見せようとして怒鳴りつけられたことも
ありました。
電話でアポを取ろうとしても中々、取れないし。
せっかく取れても地下鉄の乗り方を間違えて遅刻をしたりして悲しかったです。

溜まるのは受付で貰った会社の名刺だけ。 マネージャーの名刺はゼロでした。
「La Meson de Indochina」で会った人は役員でしたが。

本社の上司に無理を言ってパリにまで営業に来させて貰ってこれかよ。
「どうしよう、やばいよな」と落ち込み始めてました。

頑張ってと応援してくれた部下、スタッフにも顔向けできません。
このまま帰ったら何も報告出来る事はない。

でも、それと同じくらい訪ねた旅行会社の中の数社、図書館の館員のようなスタッフ、ああいう旅行会社と取引をしたいと言う思いが強くなっていました。

話もロクにしてないのにあれが太郎のやりたがってるマーケットだと決め付けてました。
ヨーロッパになら、地域の専門知識を持ったスタッフが営業し手配をし顧客もそう言う知識を持って旅行をする、そう言うマーケットがあると思い来て、あったんだと言う気持ちもありましたが。 そこに入れない自分が悔しかったです。

欲しいマーケットが目の前にあるの食い込めない。
営業マンとしては許せないですよね