インパール作戦・ナガ丘陵の旅

インパール作戦・ナガ丘陵の旅(34)

東京の渡さんからもいよいよ第2回ミャンマー辺境映像祭の手配で
差し迫った感じのメールが来始めてます

太郎は遠くミャンマーからネット関係で、主にmixiで紹介しております

意外なところで以前、ヤンゴンに住んでいた方を見つけたりして
ネットって凄いなと思いますね

でも、もっと凄い事が東京では起きてました!!

渡さんが団長先生から池上会館1階の展示室での打ち合わせで

な、何と生徒さんから写真が20枚、団長先生ご自身が60枚
計80枚のナガ丘陵の旅の写真を展示して頂くことを知らされました

日本でこんなに多くのナガの写真が展示されるのは
間違いなく初めてです

もちろん、枚数に関係なくかつてインパール作戦で
日本軍が行ったミャンマーのナガ丘陵の写真が展示されるのも
初めてです

団長先生と生徒の方々に本当に感謝します

会場に来られたお客様にもぜひ、見て頂きたいですね

得とか損とか言いたくないですが
見ないと絶対に損です!!

そう言えばmixiで「第2回ミャンマー辺境映像祭」を紹介させて頂いた方の
中にミャンマーのナガはインド側のナガより精悍だと思われてる方がいました

ナガの男というと精悍なイメージがあるようですが
普段はそうでない人も、と言うか、お前、大丈夫か?と
首を傾げたくなる人もいます

2001年のレイシでの新年祭では本当にナガらしいナガ族が
多数参加してました

ほとんどの人が外国人を見るのが初めて、ビルマ語を話せないナガ族、
カメラを見るのも初めてというナガ族が多数参加してましたね!!

それでカメラを向けられると変わるんですよね、凛々しく

普段はこんな感じでも

カメラを向けられると

こうなります、まるで別人です!!

派手ですよね、本当に!! 何か鶏でもイメージしてるんでしょうか?

こちらもカラフルな色使いのデザイン!!

レイシの村で見かけた少女

Photo by 後藤修身

注:写真家・後藤修身の写真を使いたい方は下記のURLにアクセス願います。

  http://www.ayeyarwady.com

このキャミュンガン・ナガ族のおじさん、184cmの太郎よりも身長が高かったです

被り物をするとこうなります。 とても52歳には見えません!!

何か今風に見えますね(笑)

若い連中も飯を喰っておどけてますが

民族衣装に身を固めれば、この表情です

このレイシと言うのはトンクーナガ族が主に住んでいますが
映像祭ではこのトンクーナガ族の娘がトンクーナガ族の歌を歌いますよ

今、必死で覚えている最中ですが(笑)

さあ、ちゃんと歌えるかな?

あと、第2回ミャンマー辺境映像祭まで5日

  

(さらに…)

インパール作戦・ナガ丘陵の旅(33)

レイシの街で見かけた貝をあしらったナガ族のブランケット

レイシの街を歩いているとスペイン人のカップルと
一人のドイツ人と男と会いました

聞いてみるとドイツ人の男はミャンマー人の女性と
結婚していて旅行会社を営んでいるとか

「会社はカミサンが全部やっていて、最近はうまく行きはじめて
 俺もカミサンから小遣いを貰ってるよ」と
 笑って話してくれる山好きのナイスガイ

 ガイドはテトンと言うインド系で身軽な感じの男でした

レイシの村から遠くに富士山のように見える山がありテトンに尋ねると
テトン「アレがサラマティ山だ」

インドとミャンマー国境に位置し、タイガーマン等の伝説を持つ
マクリ・ナガ族等が住んでいると言われてる山です。

「いつか行って見たいな」とドイツ人の男と話して別れました。

スペイン人のカップルは付いてるガイドがイマイチのせいか、何でも
かんでも太郎に尋ねてくるので「俺はあんたのガイドじゃないよ」と
言い返すとそれっきり近づいて来なくなります。

セーター姿の小学校の先生や私服の看護婦さんを撮影してる
写真家・後藤修身に声をかける

太郎「民族衣装を着ている人を撮って下さいよ!!」

後藤「ちゃんと撮ってますから安心して下さい(笑)。
   それより、この先生、いいでしょう!!    」

太郎「・・・・・・」

後日、後藤修身が撮影したスライドを見ましたが
本当に、看護婦さんや中学校の女性の先生の写真は表情が
生き生きとしてました

生き生きしてますよね!!
Photo by 後藤修身

後藤さんが一生懸命追っかけをしていた看護婦さん
Photo by 後藤修身

後藤さん、お得意の被写体
Photo by 後藤修身

太郎は誤解していたようです。
後藤さんはちゃんと被写体として見ていたんだな〜〜

失礼しました、後藤さん

でもな、写真を送るからと言って名前を住所を聞くのは
ナンパにも見えますよね(笑)

いえいえ、あくまでも被写体です、被写体、ハイ

明日は団長先生達が来るという日の夜
太郎はラボさんに連れられてレイシのトンクーナガ族の長の家を訪れました

そこで会ったのが下の写真のシュンティでした

 女の子です、念のため

うちの中の囲炉裏でトンクーナガ族のお酒をミトン牛の角の器
(1リットルは優に入ります)で頂きながら
昔、首狩りをしていた頃の話を聞きました

こんな感じです、皆は小さい器ですね
Photo by 後藤修身

髪の毛の長い女性の首が狙われるとか今でも、首狩りをしている村の名前とか
首狩りをする時の踊りや歌などを披露してくれます

その時いたのはラボさん、太郎、後藤さん、ツッチーの4人

太郎 「もし、今、首狩りをするなら誰の首を最初に刈りますか?」
長   「・・・・太郎、後藤、ラボの順番だな。
     女性は生かして村に連れて帰る・・・・・」
ツッチー「こ、怖いな・・・・」

トンクーナガ族の長の家族が歌を披露してくれたので
お礼にこちらからも歌を歌う事になりましたが

皆、遠慮気味でなかなか決まりません
太郎  「ツッチー、歌っておいた方がいいんじゃないのかな?
     歌がうまい人は刈られないそうだよ        」

ツッチー「ほ、本当ですか?                」

太郎  「うん、さっきラボさんがこっそり教えてくれた(嘘)」

ツッチーはやおら、立ち上がって歌い始めました
彼女は実は本当に歌がうまいんです

最後には一度聞いただけのトンクーナガ族の歌まで歌い始め
拍手喝さいを受けてました

左側が背筋160KGと美声を誇るビデオカメラマン・ツッチー

最後に長にお礼のウイスキーを渡して

太郎「今日はありがとうございました。 
   これからもナガにお客さんを送ろうと思ってるので
   お世話になる機会も増えるかと思います。
   何か出来る事があったら遠慮なく言って下さい」

長 「実は娘が高校を卒業して大学に行かせようと思ってる」

太郎「よかったら卒業までうちの会社で下宿と少ないけど給料も面倒見ましょうか?
   英語が出来るようになって、その気になれば入社すればいいし、
   その気にならなかったら別の会社に行けばいいですよ  」

長はとても喜んで家の隅でしゃがんで
小さくなっていたシュンティに何やら話してます

でも、シュンティはどう見ても喜んでないな〜(苦笑)
何か、人買いでも見るように太郎たちを見てます

気のせいだったのかな?

数年の後に太郎の会社に入社してから、
あの時のことを尋ねても笑って正直に答えません

こちらはチンドウイン川を走る船でリラックスするラボさん
カッコいいですね、ラボさんは・・・・・・・

誰かが怪しく見えたのかな?

ヤンゴンに移ってきたばかりのシュンティ

今じゃ、道場の広告のモデルにもなってます

 
 

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インパール作戦・ナガ丘陵の旅(32)

今まで何度もミャンマーのナガ丘陵を旅したけど何となく、
一口にナガ族といってもビルマ化した部族もあれば今でも
山を降りない、それでいて媚びないナガ族もいるのに
最近、気がついてきました

今まで見た中で一番、太郎が思っていたナガ族に近いナガ族に出会ったのが
2001年でした

キャミュンガン・ナガ族
太った奴なんて一人もいないナガ族でした

Tシャツも着ていない、寒くないのかな?

ナガ族に与えられた宿舎は学校の校舎

部族ごとに違う場所に寝るのですが
見てると何やら緊張感が漂っている

何なんだ、これは・・・・

といきなり、校舎の中に集まったある部族が怒鳴り始めた
中央に何やらリーダーらしき人がいる

この人が吼え(本当に吼えると言う感じ)、周りの連中が
それは違うだろうと又、吼えまくると言う感じ

思わず、これは何か起きるなと覚悟してると
ルーインが近くのナガ族に何やら尋ねてる

「(エッ)」と言う顔をしてルーインが太郎の顔を見る
まさか、現役のドンパチ屋ですとか言うんじゃないだろうな?
嫌だよ、揉めごとは・・・・

ルーイン「あの真ん中の人は牧師だって、キリスト教の・・・
     あれで皆で話し合ってるそうです        」

太郎  「(絶句)ボ、牧師だ〜。 マジかよ・・・・
     話し合いだ、アレでか? (じゃあ、喧嘩になったらどうなるん?)」

太郎は何で軍が兵隊を出してるのか、わかった気がしました
こいつらが揉めたら話し合いですむわけないよ、こりゃ・・・・

怒鳴り声、罵声の飛び交う校舎から外に出ると

あれ? 写真家・後藤修身が何やらナガ族の親父のふんどしをめくってる
ナガ族の親父も気のせいか困ったような顔だ

後藤修身「太郎さん、パンツ、はいてないよ、この人達」
何やら嬉しそうな後藤修身の声

後藤修身にふんどしを捲られたキャミュンガン・ナガ族の親父

背筋160KGの女性ビデオカメラマン・ツッチーも何やら騒いでる

ツッチー「か、可愛い、あの子・・・・、ジャ、ジャニーズ系、ジャニーズ・ナガだ!!」

何やらカッコいいナガの男の子を見つけて騒いでる

カメラを取りだして可愛いと言う男の子を撮影し始める

うーん、この人達で本当に撮影、大丈夫かな?と

一抹の不安を感じながら

レイシの村を散策する太郎でした

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インパール作戦・ナガ丘陵の旅(31)

さてタマンティの村からレイシに行こうとすると
何やら訳のわからんのが出てきたぞ!!

この村にいる公務員のようです
何やらルーインと言い合ってます

太郎の会社が2台分のトラックのお金を払ってるにもかかわらず
2台トラックを使っては駄目だと言ってるようです

使えるのは1台だけだと言い張ってます。

じゃあ、誰が残りの1台を使うんだ?
ハ、ハ、ハ、一緒に船に乗ってきた業界の有名人です
まあ、太郎たちは客でないから良いけど

まあ、ミャンマーのビルマ族はこんなんが多いな〜

ラボさんみたいにいい人もいるけれど、余り会わない気がします
気のせいかな?

トラックで8時間かけてレイシに着きました

日本語を話すナガ族は既に死んだと言われ、少々落ち込みましたが
ミャンマーで残留日本兵を探すとこう言う事がよくあります。

でもルーインたちが話を聞いたのはつい、最近です。
隠したのかな?

レイシに着くといました、いました

筋肉質でふくらはぎがキックボクサーのように太い連中が
キャミュンガン・ナガ族の人たちでした

本来は中部ナガ丘陵に住んでいるのに祭りの為にわざわざ、
南部のこのレイシまで来たんです

観光客にはレイシの学校の教室が宿舎として与えられます

太郎と写真家・後藤修身、背筋160キロの女性ビデオカメラマン・ツッチーは
ナガ族の人たちの宿舎に近い小屋に寝泊りする事しました

食事はレイシの中国人のうちの台所を借りて(有料)自炊です。

この中国人のオバサン、結構、ケチなんだけど
ラボさんが日本食を作って見せると私にも教えてくれと、ラボさんに懐いていく
ラボさんに結婚してるのか?と尋ねてもラボさんは笑って答えるだけ。

ラボさんのお陰で何とか日に三度まともな食事が取れました

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インパール作戦・ナガ丘陵の旅(30)

左クリックで映像が拡大されます

カムティの町に着くと既にチンドウィン川中流の村タマンティに
行く船が用意されてる。

先に行かせたスタッフが仕事をしてました。

ここでロバートは帰りのミャンマー航空の席の確保のために残ります。

さて、タマンティにと船に乗り込むと

アレッ?

何か白人が乗り込んでくるぞ

一緒にミャンマー人のガイドらしきのもいる

顔を見ると

ゲッ!!

業界の有名人、ルビーランドトラベルのウエイチョウだ

この人、かなりの有名人

何で?

吹くんだよな(苦笑)

太郎とは1993年からの知り合いです

ウエイチョウ「太郎、これはお前が借り切ってる船か?」
太郎    「ああ、そうだよ」
ウエイチョウ「うちも客がいるから乗せてってくれないか?」
  
って、お前、もう客を乗せてるじゃないか?

ウエイチョウ「で、お前はどこに行くんだ?」
太郎    「?            」
ウエイチョウ「いやな、おれは知ってはいるんだけどな、一応念のためにな
       聞いておこうと思ってな・・・・・・          」
太郎    「知ってるなら聞くなよ                 」
ウエイチョウ「・・・・・                      」

ウエイチョウが何やら客に話してます

お客さんと話をしてみるとイスラエルの大学教授の足が少し不自由な方と
その彼女(奥さんじゃない!)の 2名のパーティー

ナガの後にはビクトリア山に行くと言うので
ウエイチョウに少し意見!!

太郎「おい、お前マジでこの人をビクトリアに行かせるのか?」
ウエイチョウ「お前、行った事あるのか?         
       ミンダから出発して次の宿泊地まで何時間掛かる?」

ゲッ!! やっぱりこいつ、行った事がないのに客に売ってやがる・・・

この足の不自由な人はカンペレットからじゃないと無理だろうと言うと
分かったような顔をして客に説明をし始めていた

無茶苦茶言ってる
普通なら2泊3日だが途中でもう1泊するから問題ないみたいなことを言ってる

どこで1泊するんだよ!!
水は?

大体、お前、テントあるのか?
寝袋も?

因みにこのウエイチョウさん、プタオから平地を4時間歩いた経験だけで
雪山を売り、数年後、あろうことか、お隣のタイの首相にスキー場の建設を
進言しました(笑)

タイのタクシン首相はプタオまで視察に来ましたが・・・・・

でも、彼は辺境には行きたくないけど売りたいみたいです

よくいますね、ミャンマーには!!

自分は雪山には行かず、カメラマンに雪山の写真を撮らせて
日程表をどこからか入手して売る

同行しているツッチーとカメラマン・後藤修身はビクトリア山に
行ってる事を話すとウエイチョウ、今度は二人から情報を取ろうと
頑張り始めてました

ラボさんは何も言いませんが近くに行きません

恥ずかしかったのかな?

でも、お陰でタマンティまでの12時間はあっという間でした

タマンティでは僧院の冷たい床の上に寝袋を引いて、すぐ就寝でした

明日はいよいよ、日本語の話すナガ族の村にいくぞ!!

太郎はこのナガ族が実は残留日本兵じゃないかな? と期待していました

 

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インパール作戦・ナガ丘陵の旅(29)

日程表が出来上がりましたが1つ、問題がありました。

何でしょう?

食事です。

当時のレイシにはレストランは1つもありません。
どうするか?

今なら太郎はトレッキングの会社を営んでいるので
こんなのは朝飯前です

ガイドに作らせます

当時はヤンゴンやバガン、マンダレー、インレ湖に行く
日本人の観光客の手配をする普通の旅行会社に勤めていたので
そんなノウハウもまったくありません

どうしようかな?

日本人のことを分かっていて食事の作れるの・・・・
何人かいました

一人は当時勤めていた○○トラベルの日本語ガイドで
日本で「北の家族」と居酒屋に5年ほど勤めていた男です

最初は喜んで行くと言ってましたが
場所がナガだと知ると急に「1日US$30じゃ、安すぎる」と言い出し
駄目

逃げましたね(苦笑)

もう一人はボージョーアウンサン市場でアンテックショップ
「ボントン」を営んでいるラボさん

日本人の奥さんがいて日本語も上手で料理も日本で働いていたことが
あり本職はだしです

御願いすると2つ返事でOKです

前からナガには行って見たかったとのこと

日程表を見てメニューを作ってくれ、太郎に確認を取ります
こういうところ、日本で仕事をしていた人は安心できるんだよな・・・・

取りあえず、日程表も出来て料金も出せ、日本の上司Nさんに
提出すると

電話が日本から掛かって来て
「高いな〜、お前、乗せてるだろう」

載せてると言うのは利益を載せているだろうと言うことです

太郎「勘弁してくださいよ、Nさんだからネットですよ、これで赤が出たら
   別途、追加料金出しますよ」

Nさん「何でこんなに、高いんだよ!!」
太郎 「車が○○○チャトもします、おまけに村には3台しかトラックはありません
   足もと見られてます・・・・。 歩きますか? 3日もあれば着きますよ 」

Nさん「馬鹿、そんなこと出来る訳ないだろう。 載せてると思うんだけどな・・・」

太郎は最後の台詞で止めをさします
  
太郎 「何なら、俺、先乗り止めましょうか? 俺とルーインが先乗りしてラボさんが
    食事を作ってUBの席はロバートがカンティで押さえに入りますけど、高いと言わ
     れたんじゃしょうがないけど、UBの席がなくなっても村に着いたらトラッ        クがなくて歩く羽目になっても文句は言わないで下さいよ。 俺、FAXで今        のこと送りますからちゃんとツアーファイルに閉じておいて下さいよ]

Nさん  「・・・・・・・・」

太郎   「じゃ、料金はUS$○○下げま・・・・」

Nさん  「いいよ、わかったよ、料金はそのままでいいよ」
太郎   「(ニヤリ)ありがとうございます 」

Nさんは決してケチではありません。

それどころか、部下に対する労いの飲み会は酒を飲まないのに
いつも率先して開いて、給料日前に金欠で困ってる若い奴には
金を融通し、家賃を滞納して追い出されそうになってる奴には
代わりに大家に家賃を払ってくれる人でした

通称「仏の○○さん」

でも、営業だと当然、いい人ではやっていられません

太郎が本当に利益を載せていたと思いますか?

ハ、ハ、ハ、載せるわけないでしょう

一ヵ月後、日本でも無事に団長先生を入れて15名のお客様が
集まったと言う連絡がありました。

それからNさんと細かいやり取りが始まり、年末も過ぎ2001年1月10日、
太郎はラボさん、ルーイン、ロバートの3名、プラス写真家・後藤修身、
ビデオ撮影家・背筋160KGの通称、ツッチーの5名と一緒に国内線で
チンドウィン川上流のカムティに飛びました

 

 

(さらに…)